Moinmoin.

友達・恋人・同志

友達・恋人・同志の3つの関係を僕は知っている。
友達は気の合う仲間同士がなんとなくつながっている。そんな感じ。特に誰のためでもない、少し自分のための関係、なんとなくつながる。少し気持ちのいい関係。そこから何かが生まれることはあるけど、大したものじゃない、と思う。

恋人は2人のためだろう。なんか2人がどういう訳か好きになって、いるのだ。たぶん2人のための関係もしくは相手のための関係もしくは自分のための関係。うちへ内へとエネルギーは向かう。生まれるものも、彼ら自身のためのなにか。ほかの人が介在するなんて、無粋だしね。

同志は気の合うやつもいるけど気の合わないやつもいる。表立っては言わないけどね。別に少しくらい嫌な奴でも同志ならありだ。これは自分ら以外のための関係、まあ、最終的にはまわりまわって自分たちのためになるんだけど。外へ外へとエネルギーは向かう。そうやって何かが生まれることもあるし、埋めれないこともある。

恋人的学問は、誰かのために何かを調べること。それも誰か好きな人とか、大切な人とかの。彼らに向けられた知は、やさしい。たぶん。

友達的学問は、なんとなく存在する知。誰のためでもなく、知のために知が存在する。やってることはすごいことだけど、何となしな存在だ。イデオロギーのない学問万歳。妙な政治と切り離された学問万歳。知のために知は存在するのじゃ。

同志的学問は、学問のための学問じゃなく、生活、もっと言えば構造とか、まあなんだ、そういうものに対する学問。外へ外へとエネルギーは向かう。何かのための学問、特定の好きな個人じゃなく、自分のためじゃなく、なんか、社会とか?に向けた学問。もちろん、イデオロギーとか政治は入ってくるよ。多かれ少なかれね。