Moinmoin.

北海道で、何人か、活動家の人とか、左翼系の人とか、自由人(?)の人たちと会ってきたけど、あのれんじゅうは、たいそうなこととか、いいことを言う割には、言語に対する関心が低いと思う。言語に対する驚くほどの無知、無関心、怠け。エスペラントを勉強しているとか言いながら、ろくに話せないポンコツばっか。(大きな声では言えんけど、エスペラントは優しい方やぞ)

 

そりゃ言語を学ぶのはゆるくないけどさ、ゆるくないけどよ、文化の一部でしょ。なんつうんだろね、あんたらはたぶん難しいことを簡単な共通の言葉で議論したいんだろうけどさ、おれにとったらそんなんばかばかしいんだわ。結局あんだけ現体制を批判しつつ、日本という国家に規定された標準日本語とかそういうのはそのままなのね、ってさ。まあ、暗記とかそういうつらいことはあまりしたくないんでしょう。

 

北ドイツはさ、ほんとにそういう点ではさ、いくて、シュレースヴィヒホルシュタイン州のいろいろなところに方言の協会とか、教室とか、お話サークルがあるんだわ。で、そん中にはただ方言をしゃべるだけのじいちゃんばあちゃんが大半だけど、一部熱心な奴がいて、「低地ドイツ語は言語だ!」とか、なんとかいう人もいて。出版してる人も協会の中にはいるはず。まあ、政治的には、面白くないんだろうけど(?)

 

ヨーロッパはもともと言語に敏感な土地だったと先生が言ってたので、たぶんそう経緯があるんだろうけど、日本は言語に対する認識が遅れてるんでないかい。そういう訳で、左翼はエスペラントを習得しないのだ。

 

俺は革命が成功して、原発がなくなって、なんかいろいろ自由になって、ホームレすが住みやすくなったとしても、地域性が抹消された国には住まらさんないわ。おれはいやだ。人々が同じ言語と歴史を背負わされ、こぞって面白いことを言ったりすげーことをしたり、かっこいくなったりして差をつけ合う、うんこ。自由とか言って、結局はかっくいいやつが持てるのだ。まあ、それはそれでいいけど。俺は面白いこともすごいこともかっこいいこともせず、その土地で長く使われた言葉と歴史を持ち、少し誇りつつ、何もせずに死にたいのだ。

 

俺が言語の活動家になるわ、もう。あーゆるくない。