Moinmoin.

07.10.18

 マイナー言語を勉強しているやつ、人工言語を作るやつらの軽さよ。言葉と政治に対する軽さ。自分の好きなことをして、きれいな体系をみて、喜ぶ。自分だけが。その軽さが自分は耐えられない。なぜ言語に少数とか多数とか、方言とか標準とかがあるのか、少数で言語を使うこととは具体的にどういうことなのか、なぜ計画言語であるエスペラントは提案されたのか、いままでどのようにエスペラントが今まで存続してきたか。ということを深く考えていたい、少なくとも自分は。自分の趣味、ないし、趣味的な浅い気持ちでこれをやりたくはない。僕はこれを、こういうと極端な言い方になるけど、「革命」のためにしたいのです。
 革命ってゆう言葉で僕が言うのはさ、「現状を変える」っていうことかな。現状を変えるっていうことを極端に、そして一言で表したら結局革命だよね、ってことで使ってます。少数言語・方言と計画言語は、政治的な要素を含んでいる。これは間違いない。もちろん標準語にも政治的な要素は十二分にあるよ。というか政治的要素の塊かな、僕にとっては。でも方言とかエスペラントはさ、現状=スタンダードなものの支配に対しての、新しい視点を与えてくれる。それ結構好き。標準語。何をもって標準なんだろうね。そりゃー国家様をもって標準って言ってるんでしょう。国際語。なんで英語なんだろうね。そりゃーエゲレス・アメリカ様をもってしてるんでしょう。
 ほら、方言とかエスペラントって政治的な要素をはらんでるしょ。これがなかったら、「うわーみんな言葉同じで意思疎通ができるわーいわーい。でも方言もいいよねー。方言女子とかかわいいし。方言はアクセみたいなものだよー。ま、大事なところでは標準語とか英語使うよ。そりゃ。言葉が通じるっていうのは最高だね。」って思ってたかもしれない。
 宮沢さんがPensante pri Esperantoで言ってた言葉がけっこうすきだ。確か「言葉は鎖だ」だったはず。そうなんだよ。同じ言葉を話して、言葉が通じる、ってのは便利で、気持ちのいいことだけど、いやーな側面もある。同じ言葉を話すだけで、1つの集団として勝手に形成されちまうっていうことかな。形成されるっていうより、形成するための下地が勝手に作られちゃうんだよ。だから言葉が通じるってことは、気持ちいいけど、サイテーなことだと思う。
 言葉が通じるからと言って相互理解が進むと思うなよ。バーカ。俺は同じ標準日本語を話す連中と何千人も話したりつるんだりしてきたが、ほんとに理解できたのはいない。少し理解できたのは、何十人かいる。だけどそんなもんだろう。みんないうことが早いよね。あんまり理解できてないのにさ、先に進んでるように見えるよ。俺には。お前の言ってること (メッセージ) がわかんない、とかお前の言葉 (コード) がわかんないとか、もっと言えると思う。
 これからは「お前の言ってることが意味わかんない。だからもう少し詳しく聞かせてくれ。」とか、「お前の言葉は俺の言葉と違うから、よくわからない。だからもう少しお前の言葉と、お前の考えを教えてくれ。」っていうことが大事だよ。絶対。
 それとも俺の考える速度が遅いだけなのかな。